矢尻の部落・貝の部落(抄)
木村迪夫
赫い河原の望む
河岸段丘の痩せた畑から
縄目模様の土器の欠片が
鍬の刃先に 砕かれて出てきた
土の中で火花が散り
鋤返す手を止め
掌に載せると
矢尻石だった
ぼくも 姉も 驚きの声をあげ 汗で濡れた懐に仕舞いこんだ 姉は 顔を赤らめ 乳房のあたりを 土にまみれた掌で 撫でていた その頃 ぼくは少年だった
炭焼窯あとからは
貝の化石が出てきた
ぼくの部落では
炭の焼く者は 居なかったが
山添いの部落では
どこの家でも
炭を焼いて暮した
石となった貝は
二千万年
三千万年
いや もっと遠くを 生きてきたのかも知れない 貝は海の底 深い海溝の際で 濃緑色の藻の群生にこ囲まれ オホーツクの季節風 南下する寒流の奥の彼方 滅びの夢など 抱くこともなく 生きてきたのだ かつて海溝の深部であった 山峡を伝って下りてくる シロミナミ
風のようでいて
風ではなく
雲でも 霧でもなく
音も無く稜線消え
眺望の果ての限りまで包みこむ
隠された生存のはざまで
人びとが


青猪
シロミナミを突きぬけて 飛翔する鳥たちと共に 部落を創った日のことは まだ記憶に新しい シロミナミ 晴れた日 人びとは畑を拓く 樹を焼き 石の鍬ふるい 粟 蕎 麦を播き いのちの糧とする 石の矢つがえ 飛礫の筒を抱えて 山に入るのも けものたちとの 共生の往来 命といのちが重なり合い 血は 更に太い流れとなって 部落を貫流する 人は生き けものは人となる けもの生き 人はけものとなる 部落びとの肌は 冷気に堪えた山肌 人びとは けもの言葉を話す
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